大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)489号 判決

上告人

玉木英治

上告人

新和不動産株式会社

右代表者代表取締役

玉木英治

右両名代理人

徳満春彦

被上告人

不動信用金庫

右代表者代表清算人

滝田茂

主文

原判決中、第一審判決添付第二物件目録(一)に関する部分を破棄する。右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人徳満春彦の上告理由について。

不動産に関する代物弁済一方の予約にあつては、その予約上の権利につき請求権保全の仮登記をしても(もつとも、本件では停止条件付代物弁済契約として不動産登記法二条一号の仮登記がされているが、正しくは所有権移転請求権保全の仮登記として、同条二号の仮登記がなされるべきである。しかし、この程度の登記上の誤りは、仮登記の効力に影響のないことは当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三二年六月七日第二小法廷判決、民集一一巻六号九三六頁)。)、仮登記は、後にそれに基づく本登記がされた場合にその本登記の順位が仮登記の順位によることになる順位保全の効力があるにすぎなく(不動産登記法七条二項)、代物弁済の完結しないうちは代物弁済による所有権取得をもつて第三者に対抗することができないから、たとえ該不動産の所有権が第三者によつて取得されたときでも、代物弁済予約権者はその完結の意思表示を当初の予約の当事者に対してすることを要するものというべく、不動産登記法一〇五条も、仮登記に基づく本登記は、仮登記の権利者と義務者の間でされるべきことを前提として規定している。したがつて、本件代物弁済の予約完結の意思表示は、被上告人から第一審判決の第一物件目録記載建物については訴外後藤観光株式本社、同第二物件目録(一)記載建物については訴外後藤文二に対してなさるべきものといわなければならず、これと同趣旨の原判決の判断は正当である。原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

つぎに、本件は、被上告人が代物弁済の予約完結の意思表示をして第一審判決添付第一物件目録記載の建物および同第二物件目録(一)記載の建物の所有権を取得したことを前提として、上告人らに対し、不動産登記法一〇五条一項の定める承諾を請求するものであるから、この点について職権をもつて調査する。

思うに、賃金債権担保のため、不動産に抵当権を設定するとともに、右不動産につき停止条件付代物弁済契約または代物弁済の予約を締結した形式がとられている場合において、契約時におけるその不動産の価額と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失するようなときは、特別の事情のないかぎり、右契約は、債務者が弁済期に債務の弁済をしないとき、債権者において、目的不動産を換価処分してこれによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、残額はこれを債務者に返還する趣旨であると解すべきであり、この場合、代物弁済の形式がとられていても、その実質は担保権と同視すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和四二年一一月一六日第一小法廷判決、民集二一巻九号二四三〇頁)。したがつて、このような場合、清算型代物弁済の予約上の権利者たるものが完結権を行使したとき、この者に帰属する権利の実質は、目的物を自己の名において換価処分し、その売得金から優先弁済を受けることを内容とする一種の担保権と解すべきものであり、その処分の前提として目的物を自己の名義となしうるにすぎないのである。しかして、このような観点に立つて本件を見るとき、原審の認定したところによれば、被上告人は訴外後藤観光株式会社に対する貸金担保のため本件建物に債権元本極度額五千万円の根抵当権を設定してその旨の登記をなし、かつ、右貸金債務を履行しないときは代物弁済としてこれらの建物の所有権を被上告人に移転する旨の代物弁済の予約をなし、その旨の仮登記をなしたというのであるから、被上告人の有する代物弁済予約上の権利なるものの実質は、右にいう一種の担保権に非ざるかとも解される余地が存するのであり、しかも、この点は原審が何等明らかにしていないところである。

転抵当は、原抵当権者の把握した担保価値の全部又は一部を転抵当権者に創設的に移転し、これに対して優先的地位を与えるものであるが、右説示のとおり、清算型代物弁済予約なるものは、目的物を金銭に換価してその換価金につき優先弁済を受けることを本質とするものであるからには、転抵当のある場合には、代物弁済の予約完結権者はその完結権を行使したにせよ、その換価金につき優先弁済を主張できる範囲は、僅かに目的物の価格中原抵当権の被担保債権額から転抵当権の被担保債権額を差し引いた金額についてのみであるにすぎないのである。しかして、原審の認定したところによれば、被上告人は訴外後藤観光株式会社に対する五千万円を限度とする根抵当債権のため、本件建物につき抵当権を設定していたところ、中央信用金庫に対する三億円を限度とする根抵当債務のため、右抵当権を転抵当の目的としたというのであるから、本件においては、転抵当権によつて担保される債権額は原抵当権によつて担保される債権額を超過するものと思われる。しからば、被上告人の有する代物弁済予約が清算型代物弁済予約であるならば、被上告人は前記各建物に対し予約上の権利行使をする利益を有するものといい難く、したがつて、右権利行使は許されないものといわなければならない。しかるに、原判決が叙上のこれらの点について思いを致すことなく、被上告人主張の代物弁済予約をもつて直ちに清算義務を負わない本来の代物弁済の予約と解したことは、審理不尽の違法をおかしたものといわなければならず、原判決はこの点に関し不服申立の限度において破棄を免れない。

よつて、本件について更に審理させるため、民訴法四〇七条一項により、原判決中本判決の主文第一項に記載の部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

上告代理人の上告理由

原判決は判決に影響を及ぼすこと時らかな法令の違反があり、破棄を免れない、

すなわち原判決は、上告人が「本件各建物は被上告人(被控訴人)主張の各所有権移転仮登記の後、昭和三八年一〇月二〇日売買により上告人(控訴人)玉木英治に譲渡され、同年一二月二四日同人のため所有権移転登記を経由しているのであるから、同人において右建物につき、代物弁済予約義務者の地位を承継したものというべく、その後の代物弁済予約完結の意思表示は同上告人(控訴人)に対してなさるべきである。ところが被上告人(被控訴人)の本件建物についての代物弁済予約完結の意思表示は、後藤文二もしくは後藤観光株式会社に対してなされたのであるから、いずれも無効である。」との主張に対して、右予約完結の意思表示は、原予約義務者になさるべきだと判断する。右はしかし左記理由により法令の解釈を誤つたもので、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、到底破棄を免れないと信ずる。

すなわち、予約完結権は仮登記によつて第三者に対抗しうるものとなり、性質上一の物権取得権となるのであつて、最初の当事者間の単なる債権的関係にとどまるものではない。従つてその完結の意思表示については登記を中心として物権的に取扱うのが最も実情に適するものである。原判決は予約完結権には仮登記なされるにすぎないことを理由として、右と異なる判断をするのであるが、これは全く形式的にのみ事を観察し、実質的考慮をなさざるものである。予約完結権は仮登記といえどもその第三者に対する効力においては、買戻権の本登記と実質的には何ら異るところはないのである。

原判決は第一に仮登記は順位保全の効力を有するにすぎなく、本来仮登記自体によつて対抗力を生ずるわけではないことを理由とするが、判例はすでに仮登記自体に基いて、仮登記の後になされた第三者への移転登記の抹消ないし、更正を請求し得るとしており、右は仮登記自体に第三者への対抗力を附与したとみるべきであるから理由はない。

原判決は、第二の理由として上告人(控訴人)の見解によれば予約完結により、後に本登記を得た者から仮登記権利者へ所有権が移転することとならざるをえないが、右は仮登記に基づく本登記としてはできないではないかと断ずるのであるが、後になされた所有権移転の本登記により予約義務者としての地位が移転したとみれば、決して背理でなく、むしろ実体に即しているのである。

原判決は、第三に不動産登記法一〇五条を根拠にあげるが、右は何ら民法の解釈の根拠にはならず、むしろ右規定は判例の誤つた見解を前提としてその手当としてとられた措置にすぎないのである。      以上

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